* サーバー側は、小松氏のこれをbloga.jp:80へ置いてあります。
* クライアント側はWS処理をjQueryプラグイン化してみました。これです。
* ちなみに、このDemoサンプルは、下記5行でローカルでも別ドメインでもどこにでも設置出来ます。
<script src="http://bloga.jp/ws/jq/js/jquery-1.3.2.min.js" type="text/javascript"></script>
<script src="http://bloga.jp/ws/jq/js/jquery.ws-0.3-noenc-pre.js" type="text/javascript" charset="utf-8"></script>
<script src="http://bloga.jp/ws/jq/conn/wschatdemo0.3.js" type="text/javascript"></script>
<script>/*サポートしてない時のalertメッセージを抑止*/$.ws.wsSetup({nonosupportmsg:true});</script>
<div id="wsdemos"></div>
【info】いつもいろいろなテストなどをページ内のあちこちでやっているので、重かったり、壊れていたりするf^^;ことも多いです。実験用ですので、カオス(混沌)をあえて意図したりもしますので、標準やValidとは無縁だったりしますが、何卒、ご了承ください ( _ _ b
【info】
最近はTwitterでぶつぶつ言ってることが多いです。
>http://twitter.com/toshirot
【info】
Chrome Extension [WebSocket Chat] もちろんChrome専用です
https://chrome.google.com/extensions/detail/fnoegeafibddabfhmpmhniphlcojkjli
この一週間、少しだけ、過去を振り返っていました。検索していたら、つくばで学生をしていた頃の雑誌とそのメンバーが立派になったという話が少しありました。この雑誌を出版していた「チーム」という会社は、「つくば」で最初の学生ベンチャーでした。この会社やメンバーの周辺で、このページのリスト以外でも有名になった人はいますが、いずれにしても、当時は、皆、ただの学生でした。
http://joyo-net.com/rensai2/jinsei/31.html
約三十年前、石原恒和は『Open』編集長として、これらの学生クリエーターの力を結集し、創設されたばかりの筑波大に導入されていた高額の最先端ビジュアル機器をも駆使して、タウン誌作りに挑んだのだ。
石原は筑波大大学院卒業後、ゲームクリエーターに転じて、最近では、あのポケモンを、最高責任者としてプロデュースした。現在、株式会社ポケモン代表取締役社長。
#ちょっと大げさぽい書き方ですが、確かに大勢有名になりました。でも、有名にならなかった(あるいは、まだ世間に知られていない)もっと凄い?連中もいました。ちなみに、石原は、確か二代目か三代目くらいの編集長で、本当の意味で「タウン誌作りに挑んだ」初代は、STIGMAの浅野幸彦でした。が、まぁ浅野幸彦と言っても誰も知らないので、たぶん、こうでも書くしかしょうがなかったのかも。私は、山崎典子(旧姓 目崎典子)が担当する前の、最低の時代のこの雑誌のデザインを担当してました。どれくらい最低だったかと言うと、締め切りに間に合わなくなって、イスの上からデザインエレメントをばら撒いて、落ちたそのままを雑誌の表紙にしたり、とか(笑)。その後、目崎のイラストによる表紙を見て、ああ、これが雑誌ってもんだよなぁ、、、みたいな。ちなみに、当時習っていた情報処理関係の講義やFORTRANの授業は大嫌いでしたから、今自分がこんなことになっているのは、当時の自分にはおそらく100%、というより無限大に想像もつかない世界です。
#ちなみに、この浅野幸彦が関係して、その後つくば市議となる野口さんが立ち上げた、ライブハウス「アクアク」の開店のポスターとリーフレットと月報チラシなどは私が作りました。ここには、NHK「地球大紀行」の作曲などでも有名になった吉川洋一郎も入り浸っていました。
#太平洋の孤島イースター島の言葉 「 アクアク」とは「何かを創造しようとする欲求」を意味する、というこの名前を冠したライブハウス「アクアク」は、当時の、まだ経験的裏づけも何もない、青二才でしかない学生達が、ただ、「裏づけのない自信」を鼓舞しつつ、確たる保証もない、新しい何かを作り出そうとしていた場所だったことは確かな気がします。それにしても、ブログには、書けない話がいくつもあるのが残念です(笑)。
#少なくとも、当時のつくばは、森林と畑の中に、いきなり国家事業として人工的に作られた何も無い巨大なハコモノ未来都市でした。自分達で何かを作り出さない限り、そこには、道路とハコと畑と森以外に何も無い(笑)、良く言えば、まっさらな、ボーダー(国境地点)でありフロンティア(未開拓の地平)だったのかな、と思っています。自分の中でいまだに感じる、何か新しいものを創り出したいという強迫観念?は、この頃に植えつけられたベクトルなのかもしれません。
#感傷モードだなぁ。
(p.s. その後も、会社を引き受けてつくばに残り、おそらく相当苦労もしたであろう、この記事を書いている花山亘氏に最大限の敬意を表します。)
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